ジョジョ6部アニメはひどいのか?全員死亡とバッドエンド説の真相

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ジョジョ6部アニメはひどいのか?全員死亡とバッドエンド説の真相 アニメ
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ジョジョ6部のアニメがひどいという評判を見かけて、実際のところどうなんだろうと気になっていませんか。放送当時からジョジョ6部アニメは作画崩壊なんて言葉が飛び交っていて、これから見ようとしている人ほど手を出しにくい空気があったのは確かです。

さらにジョジョ6部のアニメは打ち切りだったのではという噂や、ジョジョ6部はなぜ不人気なのかという疑問まで重なって、余計に評価が読みにくくなっているのですよね。物語のほうもジョジョ6部は全員死亡してしまうという衝撃的な情報が先に耳へ入ってきて、ジョジョ6部はバッドエンドなのかなと不安になっている人も多いはずです。

実際に視聴した人からもジョジョ6部は意味不明だったという感想や、ジョジョ6部の最後が意味わからんという率直な声が出ています。プッチ神父が死んだ理由は何ですかという質問や、ジョジョ第6部の承太郎は何歳なのかといった細かい疑問も、そのまま検索されやすいポイントになっていますね。

この記事では、そうした評判がどこから生まれたのかをひとつずつ整理しながら、6部が本当はどんな作品なのかを丁寧に見ていきます。読み終わるころには、あなた自身の言葉で6部の面白さを語れるようになっているはずですよ。

  1. ジョジョ6部のアニメがひどいと言われる理由と酷評の真相
    1. 6部アニメが作画崩壊と言われた1クール目の実情
      1. テレビ放送で印象が変わったという声もある
      2. 2クール目以降は評価が持ち直している
    2. 6部のアニメは打ち切りだったのかという噂の中身
      1. 連載規模で見ると短くはない
      2. 掲載誌の移動が誤解を後押しした面も
    3. 6部はなぜ不人気なのかを示す公式アンケートの数字
      1. 不人気の中身は嫌われているのとは違う
    4. 6部が意味不明と感じられる複雑なスタンド能力の壁
      1. 戦いの勝敗を決める理屈が見えにくい
      2. それでも噛むほど味が出る設計になっている
    5. 6部の最後が意味わからんと言われるラストの構造
      1. 新しい宇宙は前の宇宙をなぞる
      2. 止め方も普通のバトルとは違う
    6. 刑務所という舞台に縛られたことで生まれた閉塞感
      1. 目的が途中ですり替わることの重さ
      2. 閉塞感は狙って作られている
  2. ジョジョ6部のアニメがひどいで終わらせたくない魅力と今後の楽しみ方
    1. 6部は全員死亡という展開に込められた意味
      1. 失われたのではなく作り直された
      2. 受け継がれるというシリーズの背骨
    2. 6部はバッドエンドなのかを落ち着いて考える
      1. 最終回のタイトルが示すもの
      2. 解釈が割れること自体が価値になっている
    3. プッチ神父が死んだ理由は何ですかという疑問への答え
      1. なぜ最弱の少年が勝てたのか
      2. 動機のほうも整理しておきたい
    4. 第6部の承太郎は何歳なのかと親子の物語としての重み
      1. すれ違った親子だからこそ効く
      2. 最強と呼ばれた男の退場
    5. 空条徐倫という主人公が積み上げた成長と覚悟
      1. 変わっていく過程が丁寧に描かれる
      2. 仲間たちの造形も濃い
    6. 7部スティール・ボール・ランのアニメ化で変わる6部の見え方
      1. 7部を見る前に6部を通しておく価値
      2. 評価は時間とともに動いている
    7. ジョジョ6部のアニメがひどいと言われる話の総括
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ジョジョ6部のアニメがひどいと言われる理由と酷評の真相

  • ジョジョ6部アニメが作画崩壊と言われた1クール目の実情
  • ジョジョ6部のアニメは打ち切りだったのかという噂の中身
  • ジョジョ6部はなぜ不人気なのかを示す公式アンケートの数字
  • ジョジョ6部が意味不明と感じられる複雑なスタンド能力の壁
  • ジョジョ6部の最後が意味わからんと言われるラストの構造
  • 刑務所という舞台に縛られたことで生まれた閉塞感

6部アニメが作画崩壊と言われた1クール目の実情

ここ、いちばん気になるところですよね。ジョジョ6部のアニメがひどいという話題で真っ先に挙がるのが作画です。特に最初の12話について、キャラクターの顔つきが話数ごとに揺れる、背景の人物が影絵のように処理されている、立ち姿が妙に平面的に見えるといった感想が並びました。荒木飛呂彦さんの原作は構図もポーズもかなりアート寄りで、そこをアニメ側がどう再現するかが毎回の見どころになっていましたから、少しでも線が緩むとファンの目にはすぐ留まってしまうのだと思います。

ただ、この評価には配信の形が大きく関わっているという見方が根強いです。6部は各クールぶんをNetflixでまとめて先行配信し、そのあとにテレビ放送が続くという形をとっていました。まとめて配信するということは、その本数を一度に納品しなければいけないわけで、制作現場のスケジュールは通常の週一放送よりも前倒しで詰まります。

区切り 話数 Netflix先行配信 テレビ放送開始
1クール目 第1話〜第12話 2021年12月1日 2022年1月7日
2クール目 第13話〜第24話 2022年9月1日 2022年10月7日
3クール目 第25話〜第38話 2022年12月1日 2023年1月6日

テレビ放送で印象が変わったという声もある

面白いのは、先行配信版とテレビ放送版の両方を見た人から、テレビ版のほうが絵が整って見えたという感想が出ていることです。配信から放送まで一か月ほど間が空いていますから、その期間に手が入ったのではないかと推測されてきました。公式にどこをどう直したという発表があるわけではないので、あくまで視聴者側の体感として語られている話ですけれどね。

2クール目以降は評価が持ち直している

実際、作画への不満は1クール目に集中していて、2クール目に入ってからは動きも良くなったという声のほうが目立ちます。制作を担当したデイヴィッドプロダクションは1部から一貫してジョジョを手がけてきた会社で、炎炎ノ消防隊やはたらく細胞なども抱える実力派です。腕がないというより、一括納品という条件と現場の余力がたまたま噛み合わなかった時期があった、と考えたほうが実態に近いのかもしれません。ですので、最初の数話だけで見切ってしまうのは正直もったいないですよ。

6部のアニメは打ち切りだったのかという噂の中身

これもよく見かける話題ですよね。ネット上ではジョジョ6部連載終了事件という言い回しまで生まれていて、6部は途中で打ち切られたのではないかという噂が長く残っています。まず前提として、荒木飛呂彦さんからも集英社からも、6部が打ち切りだったという発表は一度も出ていません。つまりこれは読者の側から自然発生した推測であって、公式の事実として扱われているものではないのです。

では、なぜそんな噂が定着したのか。ひとつは終わり方のインパクトです。宇宙が一巡し、主要キャラクターがほとんど姿を消し、見慣れた世界そのものが作り直されるという幕引きは、少年漫画の締めくくりとしてかなり異質でした。物語が畳まれたというより、世界ごと片付けられたように感じた読者が多かったわけです。急いで終わらせたのではないかという印象が、そこから逆算して生まれたのだと思います。

連載規模で見ると短くはない

数字の面から見ると、また違う景色が見えてきます。ストーンオーシャンは週刊少年ジャンプで2000年1号から2003年19号まで掲載され、話数は約158話、単行本は全17巻でまとまりました。5部の黄金の風も同じく17巻ですから、巻数だけを比べれば6部が極端に短いということはありません。打ち切りという言葉から連想される、明らかに尺が足りていない終わり方とは事情が違うのですよね。

掲載誌の移動が誤解を後押しした面も

加えて、6部の次にあたる第7部スティール・ボール・ランが週刊少年ジャンプで始まったあと、途中から月刊のウルトラジャンプへ移った経緯も、6部で何かが区切られたという印象を強めたと言われています。週刊の少年誌からジョジョが姿を消したタイミングと6部の完結が近かったため、両者が結び付けて語られやすかったのでしょう。噂としては根強いものの、裏付けとして提示されているのは読後感と時期の重なりであって、確定的な資料が出ているわけではないという点は押さえておきたいところです。

6部はなぜ不人気なのかを示す公式アンケートの数字

気持ちの話だけだとどうしても水掛け論になるので、数字も見ておきましょうか。ジョジョ6部はなぜ不人気なのかという疑問に対して、よく引き合いに出されるのが2018年8月に行われたファン参加型イベントでのアンケートです。ジョジョで一番好きな部はどれかという設問に対し、およそ1万7000件の回答が集まったもので、ファン全体の傾向を知る材料としては規模の大きいデータになります。

順位 得票率
1位 第5部 黄金の風 約19.1%
2位 第4部 ダイヤモンドは砕けない 約17.5%
3位 第3部 スターダストクルセイダース 約17.3%
4位 第7部 スティール・ボール・ラン 約12.1%
5位 第2部 戦闘潮流 約11.2%
6位 第6部 ストーンオーシャン 約8.5%
7位 第1部 ファントムブラッド 約7.3%
8位 第8部 ジョジョリオン 約7.0%

数字はあくまで一般的な目安として見てほしいのですが、6部は8.5%で下から三番目という位置でした。投票時点で連載途中だった8部や、シリーズ最初期の1部よりは上とはいえ、支持率が一桁に留まったのは事実です。ここで大事なのは、この調査がアニメ化よりも前に行われているという点ですね。つまりアニメの出来が悪かったから人気が落ちたのではなく、原作の段階ですでに評価が割れていたということになります。

不人気の中身は嫌われているのとは違う

ただし、得票率が低いことと嫌われていることはイコールではありません。6部は好きな人がとことん好きになるタイプの作品で、熱量の高い感想がいまも次々に書かれています。刑務所という閉じた空間、女性主人公、宗教的なモチーフ、そして運命そのものを扱うテーマ。どれもジョジョらしさの延長ではあるのですが、王道のバトル漫画を期待して読むと肌に合いにくい要素でもあります。一番好きな部を一つだけ選ぶ形式の投票では、こういう尖った作品は票が分散しやすいのですよね。逆に言えば、二番目に好きな部という聞き方なら結果はかなり変わっていたかもしれないなと思います。

6部が意味不明と感じられる複雑なスタンド能力の壁

ジョジョ6部は意味不明だったという感想、あなたも一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。この印象を生んでいる最大の要因は、登場するスタンド能力の抽象度が一気に上がったことにあります。3部のころは炎を操る、砂になる、時を止めるといった具合に、能力を一言で説明できるものが中心でした。ところが6部では、そもそも何が起きているのかを言葉にするのが難しい能力が次々に出てきます。

わかりやすい例として挙げられるのがケンゾーのドラゴンズ・ドリームです。羅針盤と矢印のような尾を持つ姿をしていて、その矢印が指す凶の方角から放たれた攻撃は必ず当たり、避けたとしても別のトラブルが起きて結局ダメージを受けてしまいます。逆に吉の方角にいる限り、どれだけ強い攻撃でも運に守られて無傷でいられる。要するに風水を戦闘に持ち込んだ能力なわけですが、ここに厄介な設定が乗ります。このスタンドは強い自我を持っていて中立を貫くため、本体であるケンゾーに不利な情報まで平気で喋ってしまうのです。

戦いの勝敗を決める理屈が見えにくい

この手の能力が並ぶと、読者や視聴者が置いていかれやすくなります。従来のジョジョの気持ち良さは、敵の能力のルールを把握したうえで、その隙を主人公側が理詰めで突く瞬間にありました。ところがルール自体が感覚的だと、勝った理由も負けた理由も後追いでしか飲み込めません。そういう能力なんですと言われればそれまでだよなという感想が出てくるのは、けっこう自然なことだと思います。

それでも噛むほど味が出る設計になっている

一方で、この複雑さを面白がる読み方も確実にあります。6部のスタンドは、運命や記憶、重力や引力といった目に見えないものを形にしようとした結果として複雑になっているので、一度理屈を掴むと作品のテーマとぴったり重なって見えてくるのです。初見でぜんぶ理解しようとせず、わからない部分はいったん保留のまま流れに乗ってしまうほうが、6部は圧倒的に楽しめます。二周目で急に面白くなる作品だという評価が多いのも、この構造があるからなのですよね。

6部の最後が意味わからんと言われるラストの構造

ジョジョ6部の最後が意味わからんという声は、ほぼすべての感想記事に登場すると言っていいくらい定番です。ここは順番に整理すると、思っているよりはスッキリしますよ。まず終盤でプッチ神父はホワイトスネイクを進化させ、最終的にメイド・イン・ヘブンという能力にたどり着きます。効果は時間の加速で、世界そのものの時計を早送りしていくというものです。

時間が加速し続けると何が起きるかというと、宇宙がいずれ終わりを迎え、そこから新しい宇宙が生まれます。作中ではこれを一巡と呼んでいます。ポイントは、一巡自体がプッチ神父の力で作られた現象ではないという部分です。悠久の時が流れれば宇宙はいつか一巡するという前提があって、メイド・イン・ヘブンはその到来を無理やり早めているだけなのですね。ここを取り違えると、後の展開がまるごと読めなくなります。

新しい宇宙は前の宇宙をなぞる

そして一巡後に生まれる宇宙は、前の宇宙とほとんど同じ道筋をたどります。何が起きるかは運命としてすでに決まっているから、というのが作中の理屈です。プッチ神父が目指した天国とは、この仕組みを利用して、すべての人間が自分の未来を知ったうえで覚悟して生きる世界を作ることでした。もともとはDIOが構想していた理想で、それを引き継いだ形になります。

止め方も普通のバトルとは違う

最後に立ちはだかったのが、ただ一人生き残った少年のエンポリオです。彼はウェザー・リポートのディスクの力を借りて、加速の完成を寸前で崩しました。強い者が勝つのではなく、いちばん力のない者が状況を利用してひっくり返すという決着で、これも従来のジョジョの勝ち方と手触りが違います。そのうえで、残されたのは一巡が完全には成立しなかった別の世界です。エンポリオはそこで、かつての仲間によく似た人々と出会って物語は終わります。理解が難しいのは事実ですが、筋道はきちんと通っているのですよね。ひとつ補足しておくと、この宇宙が一巡するという発想は作者の完全な創作というわけでもなく、宇宙が膨張と収縮を繰り返すという考え方が下敷きにあると言われています。荒唐無稽に見えて土台はきちんと用意されているので、一度整理して見返すと納得感がぐっと増しますよ。

刑務所という舞台に縛られたことで生まれた閉塞感

意外と語られにくいのですが、6部への不満のかなりの部分は舞台設定から来ていると思います。これまでのジョジョは、エジプトを目指す旅、日本の地方都市、イタリアを縦断する逃避行というように、場所そのものが物語のエンジンになっていました。ところが6部の主戦場は、徐倫が収監されたグリーン・ドルフィン・ストリート刑務所という閉じた空間です。しかも物語の中盤まで、ほとんどそこから出ません。

旅がある物語では、敵をひとり倒すたびに新しい土地に着き、新しい仲間や情報が手に入ります。ここはどんな街なんだろう、この人物は何者なんだろうという小さな期待が積み重なって、読者の呼吸が整うわけですね。6部にはその切り替えがほとんどありません。同じ壁、同じ廊下、同じ制服の中で戦いが続くので、緊張が抜ける瞬間が少ないのです。

目的が途中ですり替わることの重さ

さらに、物語の目標そのものも動きます。序盤の徐倫は無実を証明して自由になることを目指していました。ところが敵の狙いが見えてくるにつれ、脱獄ではなくプッチ神父を止めることが最優先になります。自分のための戦いから、世界のための戦いへ。テーマとしては美しい変化なのですが、読者の側からすると、応援していたゴールが途中で消えたようにも感じられます。爽快感より焦りが前に出る展開になったのは、この構造のせいですね。

閉塞感は狙って作られている

ただ、これは失敗というより意図だと考えたほうが自然です。6部のテーマは運命からの解放で、主人公は文字どおり閉じ込められた場所から始まります。逃げ場のなさや息苦しさは、そのテーマを体感させるための装置なのですよね。終盤で刑務所の外に出たあと、世界そのものが加速していく展開の圧が効いてくるのも、それまで狭い場所に閉じ込められていたからこそです。合う合わないは分かれますが、雑に狭くしたわけではないという点は伝えておきたいところです。ちなみに、狭い場所に人を閉じ込めて能力バトルを続けるという構成は、いまの作品ではむしろ定番になりつつある手法でもあります。当時は前例が少なくて戸惑われた形式が、時代のほうから追いついてきたと考えると、6部の見え方もまた少し変わってくるのではないでしょうか。

ジョジョ6部のアニメがひどいで終わらせたくない魅力と今後の楽しみ方

  • ジョジョ6部は全員死亡という展開に込められた意味
  • ジョジョ6部はバッドエンドなのかを落ち着いて考える
  • プッチ神父が死んだ理由は何ですかという疑問への答え
  • ジョジョ第6部の承太郎は何歳なのかと親子の物語としての重み
  • 空条徐倫という主人公が積み上げた成長と覚悟
  • 7部スティール・ボール・ランのアニメ化で変わる6部の見え方

6部は全員死亡という展開に込められた意味

ジョジョ6部は全員死亡するらしい、という情報だけが先に届いてしまった人、けっこう多いのではないでしょうか。まず事実関係を整理すると、時間加速の影響によって、生き残ったのはエンポリオだけという状態になります。徐倫、承太郎、エルメェス、ウェザー・リポート、アナスイと、旅路を共にしてきた面々はいずれも一巡の中に飲み込まれていきました。しかも影響は6部の登場人物だけに留まりません。理屈のうえでは、同じ時間軸に生きていたはずの4部や5部の面々も、何が起きたかを知らないまま巻き込まれたことになります。

ここが読者に強烈なショックを与えたポイントです。ジョジョという作品は、部が変わってもどこかで前の物語と繋がっているという安心感が土台にありました。仗助たちやジョルノたちがそれぞれの街で今日も生きている、という前提が静かに共有されていたわけです。それが一度まとめて畳まれてしまうのですから、無常という言葉しか出てこないのも無理はありません。

失われたのではなく作り直された

ただ、作中の理屈をたどると、単純に全員が消えて終わりというわけでもないのです。一巡した宇宙では、ほとんど同じ道筋がもう一度たどられます。つまり同じ魂を持った人々が、少しだけ違う形でそこにいるということですね。ラストでエンポリオが出会うアイリーンやアナキスは、名前も立場も違うけれど、面影がはっきり重なる人物として描かれます。ウェザー・リポートらしき人物まで合流するあたり、作者の側が救いを用意しているのは間違いないと思います。

受け継がれるというシリーズの背骨

そもそもジョジョは、一貫して受け継がれていく物語をテーマにしてきました。誰かが倒れても、その意志や血や星の痣が次の世代へ渡っていく。6部の結末は、その考え方を個人の命ではなく世界そのもののスケールでやってみせた回だと言えます。だからこそ重たいし、だからこそ他の部では味わえない読後感が残るのですよね。全員死亡という一言だけで片付けてしまうと、この作品がいちばん伝えたかった部分を取りこぼしてしまうように思います。

6部はバッドエンドなのかを落ち着いて考える

ジョジョ6部はバッドエンドなのか。これ、答えが人によってきれいに分かれるところなので、判断材料を並べてみますね。悲劇として読む根拠はいくつもあります。主人公である徐倫は生き延びられませんでしたし、承太郎も倒れました。生き残ったエンポリオは、自分の知っている世界が丸ごと失われた状態で、記憶だけを抱えて別の世界に立っています。仲間によく似た人に名前を尋ねられ、声を振り絞って涙を流す場面は、喜びとも絶望ともつかない表情でした。

一方で、希望として読む根拠も同じくらいあります。まず、プッチ神父の目的だった天国は完成していません。すべての人間が自分の死に方まで知って生きる世界という設計図は、寸前で破られました。運命を固定しようとする力に対して、運命から自由になろうとする側が勝ったわけです。作品のテーマが運命からの解放であることを考えると、これは間違いなく勝利の形なのですよね。

最終回のタイトルが示すもの

もうひとつ見逃せないのが、最終話のタイトルです。ホワット・ア・ワンダフル・ワールド、日本語にすればなんて素晴らしい世界という言葉が置かれています。読者を突き落とすつもりなら、まず選ばれない題名ですよね。新しい世界には刑務所に入れられていない徐倫がいて、罪を犯していないアナスイがいて、二人はすでに隣り合って生きています。奪われた人生ではなく、始まらなかった不幸が描かれているとも読めるのです。

解釈が割れること自体が価値になっている

結局のところ、6部の結末はバッドエンドとハッピーエンドのどちらかに寄せて言い切るように作られていません。読んだ人の人生観がそのまま反射して見える構造になっているのだと思います。だからこそ完結から二十年以上たっても考察が書かれ続けているのですよね。あなたがどちらに感じたか、その感想こそがこの作品の受け取り方として正しいのだろうなと思いますよ。ネット上では、エンポリオが取り残されたことを重く見る人ほど悲劇として語り、新しい世界で仲間たちが穏やかに暮らしている点に目を向ける人ほど救いとして語る傾向があります。どちらの読み方にも作中の描写という裏付けがあるので、無理にどちらかへ寄せる必要はないのですよね。

プッチ神父が死んだ理由は何ですかという疑問への答え

プッチ神父が死んだ理由は何ですかという質問、検索でもよく飛び交っていますよね。順を追って説明すると、こういう流れになります。メイド・イン・ヘブンで時間を加速させたプッチ神父は、一巡を完成させる直前まで到達していました。あと少しで、DIOが夢見た天国が現実になるところだったのです。ところが加速した世界では、動きの速さそのものが常識から外れていきます。追いつける者がいない状態こそが彼の強みでした。

その隙を突いたのが、戦力としてはいちばん弱いはずのエンポリオでした。彼はウェザー・リポートの残したディスクを使い、加速の勢いに乗ったままのプッチ神父を捉えます。決着の場は加速の果てにたどり着いた新しい世界で、そこには一巡前の記憶を持つ者としてエンポリオだけが立っていました。力で正面から打ち破ったのではなく、条件と場所を味方につけて仕留めたという形です。

なぜ最弱の少年が勝てたのか

この決着には理由があります。プッチ神父の力は、あらゆるものを同じ速度で運んでいく代わりに、自分だけが例外でいられる仕組みを持っていました。裏を返せば、その仕組みが機能しない場所に引きずり込まれた瞬間、彼はただの人になります。運命を完全に支配したはずの人物が、運命の外に置き去りにされた少年に敗れる。テーマの回収として、これ以上ない配置だと思いませんか。

動機のほうも整理しておきたい

そもそもプッチ神父がここまで突き進んだのは、運命を克服したいという願いが根にあったからです。彼はDIOと出会い、覚悟した者は幸福であるという価値観を受け取りました。人が不幸なのは、これから起きることを知らないまま怯えているからだ、と考えたわけですね。だから全人類に未来を知らせようとした。悪意というより信仰に近い動機で、そこが彼を単純な悪役にしていない部分でもあります。倒され方も含めて、6部という物語の答えそのものになっている人物なのですよね。

第6部の承太郎は何歳なのかと親子の物語としての重み

ジョジョ第6部の承太郎は何歳なのか。これは作品を読み解くうえでも意外と効いてくる情報です。6部の時系列は2011年に設定されていて、この時点での空条承太郎は40歳、娘の空条徐倫は19歳とされています。3部のエジプト編で高校生だったあの少年が、二十年以上を経て父親になっている。そう考えると、6部で彼が見せる落ち着きと疲れの理由が腑に落ちてきますよね。

登場する部 時系列 承太郎のおおよその年齢
第3部 スターダストクルセイダース 1988年から1989年ごろ 17歳
第4部 ダイヤモンドは砕けない 1999年 28歳前後
第5部 黄金の風 2001年 30歳前後
第6部 ストーンオーシャン 2011年 40歳

数字はあくまで一般的な目安として押さえておいてください。細かい設定は資料によって解釈の幅があります。

すれ違った親子だからこそ効く

6部の承太郎は、家庭を顧みずスタンドの研究に打ち込み、妻とはすでに離婚しています。徐倫にとっては、大事な場面でいつもいなかった父親です。物語の序盤で彼女が父に向ける感情は、感謝よりもはっきりとした憎しみでした。この冷えた関係から始まるからこそ、二人が並んで戦うようになる過程に意味が生まれるのですよね。

最強と呼ばれた男の退場

そして終盤、承太郎はプッチ神父に敗れます。時を止められるという最大の武器を持ちながら、その止めた時間を娘をかばうことに使ってしまったからです。読者からは、あの承太郎が負けるのは受け入れがたいという声が上がりました。一方で、娘を守って倒れる姿こそ父親として最高の選択だったという受け止め方も多く見られます。かつて第1部のジョナサンが妻と赤子を逃がすために散ったことを思い出すと、ジョースター家の男の終わり方として一貫しているのですよね。この一点だけでも、6部は語る価値のある物語だと思いますよ。3部から6部まで四つの部にまたがって登場し続けた人物が、こうして役目を終えるという事実自体、長く追ってきた読者にとっては大きな区切りでした。彼の退場を受け止められるかどうかで6部の印象が決まる、と言い切る人がいるくらい、ここは重い場面なのですよね。

空条徐倫という主人公が積み上げた成長と覚悟

6部の評価を語るとき、いちばん取りこぼされやすいのが主人公の魅力だと思います。空条徐倫は、シリーズで初めての女性主人公です。物語の始まりでは、恋人にそそのかされて事故の罪をかぶせられ、弁護士まで敵に回って有罪判決を受けるという、どうしようもない状況に落とされます。強い意志があったから戦い始めたのではなく、追い詰められたところから始まる主人公なのですよね。

そこから彼女は、父から託されたペンダントによってスタンドに目覚め、ストーン・フリーという能力を手に入れます。自分の体を糸に変えるという能力で、ほどけば繋がり、絡まれば縛られるという性質を持っています。これは6部のテーマそのものを形にしたスタンドです。糸は世代をまたぐ繋がりであり、同時にしがらみでもある。徐倫の戦いは、その糸をどう扱うかという物語でもあったわけです。

変わっていく過程が丁寧に描かれる

徐倫の良さは、序盤と終盤で明らかに人間が変わっているところにあります。最初は自分が助かることしか見えていなかった人物が、仲間を得て、父の思いを知り、最後には世界のために立ち続ける側へ回ります。しかも一段ずつ、負けと痛みを経由しながら変わっていくので、読んでいるほうも納得して付いていけるのですよね。6部を最高傑作に挙げる人の多くが、理由として徐倫の成長を挙げるのも頷けます。

仲間たちの造形も濃い

周りの人物も魅力的です。姉の仇を討つために自ら刑務所へ入ったエルメェス、記憶を奪われたまま徐倫を助け続けるウェザー・リポート、危うさを抱えながらも一途なアナスイ、そして最後まで生き残る少年のエンポリオ。全員がそれぞれの覚悟を持っていて、誰か一人でも欠けたら物語が成立しない配置になっています。作画やラストの難解さの陰に隠れがちですが、キャラクター劇として6部はかなり上質なのですよ。名前がファッションブランドをもじって付けられているのも6部らしい遊びで、エルメェスやアナスイ、プッチといった響きの由来を知ってから見返すと、また違う楽しさが出てきます。細部まで手が込んでいる作品なので、二周目の発見がとにかく多いのですよね。

7部スティール・ボール・ランのアニメ化で変わる6部の見え方

ここからは今後の話をしましょうか。6部の結末で世界が一巡したことは、実は次の部を読むうえでの前提になります。第7部スティール・ボール・ランの舞台は、一巡後の世界だと理解されているからです。登場人物の名前や顔立ちが1部や2部の面々とどこか似ているのも、同じ魂が別の形で生まれ直しているからだと説明できます。つまり6部のラストは物語の終点ではなく、次の入り口として置かれているのですよね。

そのスティール・ボール・ランのアニメが、いよいよ動き出しています。2026年3月19日に特別編成となる1st STAGEがNetflixで世界独占先行配信され、続く2nd STAGEと3rd STAGEにあたる全11話が2026年9月25日より毎週金曜に配信される予定と発表されました。ヴァレンタイン大統領役に杉田智和さんが起用されるなど、キャストの発表も進んでいます。日付や本数は変更される可能性もあるので、最新の告知は公式で確認してくださいね。

7部を見る前に6部を通しておく価値

7部から入っても物語としては楽しめますが、6部を通しておくと感じ方がかなり変わります。ジョースター家とDIOの因縁が第1部から続いていて、それが6部で一度精算されるという流れを知っているかどうかで、7部の世界の手触りがまるで違ってくるのです。あの見覚えのある顔が別人として登場する場面の感慨は、6部を見た人だけのものですからね。

評価は時間とともに動いている

面白いのは、6部の評価が年々やわらかくなっていることです。放送当時は作画への不満が話題の中心でしたが、完結して全38話を通しで見られるようになってからは、構成やテーマへの評価が目立つようになりました。週に一話ずつ待ちながら見るには重すぎた物語が、まとめて見ると一気に筋が通って見えるのですよね。ジョジョ6部のアニメはひどいという言葉に引っ張られて避けてきた人ほど、いま見返すと印象が変わるはずですよ。

ジョジョ6部のアニメがひどいと言われる話の総括

  • ジョジョ6部のアニメがひどいという評判は主に1クール目の作画に集中していた
  • 各クールをまとめて先行配信する形式が制作スケジュールを圧迫した可能性がある
  • 先行配信版よりテレビ放送版のほうが絵が整って見えたという視聴者の声がある
  • 2クール目以降は作画への不満が減り評価が持ち直している
  • 制作はシリーズを一貫して手がけてきたデイヴィッドプロダクションである
  • ジョジョ6部の打ち切り説は噂であり公式の発表は存在しない
  • 原作は全17巻で規模としては極端に短い部ではない
  • アニメ化前のファン投票で6部の得票率は8.5%とふるわなかった
  • 不人気の背景には抽象度の高いスタンド能力と刑務所という閉じた舞台がある
  • ラストの一巡は時間加速によって宇宙が入れ替わる現象である
  • プッチ神父はエンポリオに加速の外側で敗れ天国は未完成に終わった
  • 生き残ったのはエンポリオのみで主人公側はほぼ全員が姿を消した
  • 最終話の題名が示すとおり結末には希望としての読み方も残されている
  • 6部の時系列は2011年で承太郎は40歳徐倫は19歳とされている
  • 一巡後の世界を舞台にする7部のアニメ化で6部の意義が再評価されつつある

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